凡人PhD留学記

特筆すべき功績のない、平凡ちょい上ぐらいの大学院生が、アメリカPhD留学出来た軌跡を記録します。

アメリカPhD留学の1年目は大変だけど刺激的〜生活の確立と座学〜

皆さんこんにちは、Lonです。前回、アメリカの大学院から合格通知をいただいた後の半年間をどう過ごしたかについて書きましたが(アメリカ大学院入学が決まった後から渡米までの半年間、どう過ごす? - 凡人PhD留学記)、今回は渡米後、実際にアメリカの博士課程で過ごした1年間について書こうと思います。

本題に入る前に、僕が経験したアメリカPhD1年目は一般的なものとは大分異なると思います。それは、コロナ禍に突入して半年後に1年目が始まったからです。以前も書きましたが、日本の大学を卒業してから渡米するまでの半年間の過ごし方にも、コロナ禍に入ったことで大きな影響がありました。実験もあまり出来ず、来たるPhD留学に向けて関連しそうな論文を読み漁る日々を過ごしました(今考えると、無謀に実験しまくるよりこの過ごし方が正解だったと感じる)。ということで、これから書く内容はあまり参考にならない部分もあります。

渡米してまず、観光ビザ以外での入国を初めて体験しました。博士課程の学生としてアメリカに来たという旨を入国の際に伝えると、遂に始まったという実感が湧いてきました。留学生のビザであるF-1ビザでの入国の際には、パスポートとビザ(パスポートに添付してある)の他に、I-20が必要になります。何ならこれが1番大事くらいです。無事入国して空港を出たら、異国で初めてUberでタクシーを捕まえました。コロナ禍で人がほとんど空港にいなかったことも相まってか、異国でやることが何もかも新鮮に感じました。とりあえず日本で確保しておいた大学が運営するアパートメントに直行し、オフィスで何とか部屋の鍵を貰うことができました。

アメリカに来て最初の2週間くらいは、移動手段がないので徒歩か大学が運営するシャトルでした。と言っても、シャトルはそもそも大学近くを周るのみで、スーパーなどへ向かうシャトルは土曜日のみの運行であったため、徒歩が基本的な移動手段でした。アメリカはとにかく広いので、最初の2週間はかなり苦痛でした。歩いて片道30分ほどかけて食料を買いに行ったりしていました。その後、ウォルマートで自転車を買ってからは人生が大きく変わりました(大袈裟ではない!)。アメリカには日本のようなリーズナブルな自転車屋はなく、確か300ドルくらいしたのですが、買い物に行きたい時に行けるようになったのは大きかったです。まあ、雪の降る地域ということもあって冬は一苦労でしたが。

生活基盤も大分整って、いよいよ博士課程が始まりました。アメリカの博士課程は、基本的に最初の一年間は座学を受けて単位を取ることがメインです。僕は最初の秋学期(8月の終わりから12月初めくらいまで)に、四つの授業を履修しました。どの授業も僕の専攻では必修科目で、週に2回、それぞれ約1時間半の授業でした。本来は大学に通って、大学の雰囲気を感じて胸躍らせながら授業を受けるものですが、コロナの影響で全ての授業がオンラインだったため、家でノートパソコンに向き合うだけの日々になってしまいました。授業を受けるだけなので問題はないのですが、やはり実際の大学の空気は感じたいとは思いました。個人的には、どの授業も録画をしてくれており、超速英語を90分間聴き続ける耳にまだなっていない日本人にとっては、映像と音声をもう一度聞けるというのはかなりありがたかったので、オンライン授業はあまり嫌いではなかったです。極め付けに、ズームで録画された授業を見直すと、自動的に字幕が表示されるのです!これは僕の中ではめちゃ大きく、何言ってるか分からない教授の言っていることも全て分かりました。自動字幕の精度は僕の感覚的には75%くらいでした。そのおかげか、授業自体や課題でひいひい言うことはあまりありませんでした。

アメリカに来る前、推薦状を書いてくださった教授や、エッセイを推敲してくださった教授には本当にお世話になりました(どのくらいの戦闘力でアメリカPhD留学する?〜推薦状〜 - 凡人PhD留学記どのくらいの戦闘力でアメリカPhD留学する?〜エッセイ〜 - 凡人PhD留学記)。お世話になった先生方は皆、実際に留学されていたり、留学する学生を送り出しており、授業の厳しさなどを脅しかと思うくらい伝えられました笑。しかし、実際に僕はそこまでの苦しみを授業で味わうことはありませんでした。今考えると、今教授をされている方々が大学院生やポスドクだった頃は、当然ズームや自動字幕なんてものはなく、ましてや授業の録画を後から何度でも聞き直せることもなかったはずです。昔は、一度しかない講義で、教授の口から途切れなく繰り出される超速専門英語を神経研ぎ澄まして聞いていたことが想像出来ます。そりゃそんな環境では、講義を乗り越えるのが苦しいのも納得です。正直、僕が講義で取った単位よりも、20年前にアメリカに渡った日本人が取った単位の方が大分すごいんじゃないかとすら思えてしまいます(もちろんこれは想像で、実際にはそんなことはないはず)。何が言いたいかと言うと、学ぶことへの敷居はテクノロジーの進化や情報社会の進展と共に間違いなく低くなっていると思います。外国語学習アプリも無料でダウンロードでき、読みたい論文はほぼ全てインターネットからゲット出来ます。この機会を幸運と捉えて、それらを最大限に利用すればアメリカ博士課程1年目の講義を乗り越えるのもハードルが大分下がる可能性があります。使えるものは全て使って、博士課程を実りあるものにしたいですね!

 

アメリカの家賃上昇、PhD学生にはきつい、、、

皆さんこんにちは、Lonです。PhDの候補生として約4年アメリカに留学しています。理系のアメリカPhD留学に関する心得などをこれまで綴ってきましたので、もしPhD留学を考えている方がいらっしゃったら是非ご一読ください!

前回、PhDの学生として夫婦で過ごすアメリカ生活は果たして金銭的にどうなのかについてざっくり書きました(PhD課程の夫と帯同の妻でアメリカ2人暮らし、金銭的にきつい? - 凡人PhD留学記)。今回は、最も大きな支出であろう、家賃にフォーカスしてみましょう。

博士課程に限らず、学生として故郷から離れて下宿する人は少なくないと思います。僕も大学に入学した時は田舎の出身なのでそうでした。遠く離れた土地で下宿するとなると、必ず家賃がかかり、その額は決して少なくありません。僕が日本の大学にいた6年間では、6畳くらいの(壁の薄い)アパート一部屋で家賃は大体5万円ほどでずっと変わりませんでした。ちなみに大学生と修士の期間はさすがにバイトだけではどうしようもなく親から支援してもらっていました。

月に家賃として5万円支援してもらうのはかなりの額ですが、この金額で狭くても1人でそれなりに快適に住める日本は良い方な気がします。アメリカは家賃が高いです。1世帯でアパート1部屋に住もうと考えると大学生や大学院生からすると高いので、ルームシェアが盛んです。特に、ロサンゼルスやサンフランシスコ、ボストンなどの大都市ではこれが顕著だと思われます。ちなみに僕らは、バッファローという安全かつそこまで家賃水準も高くない良い土地に住んでいることもあり、運が良いことに我々夫婦だけでアパート1部屋に住むことが出来ています(カツカツではありますが)。現在の家賃は$1250ですが、丸2年ほど住んでいることもあり割引が適応されて$1225です。ちなみに、僕ら夫婦が住み始めてからの家賃の変化を見てみると、

2021-2022: $940
2022-2023: $985

2023-2024: $1090
現在: $1225 

という風に変化しています。日本にいた時と違って、毎年一定の金額分値上がりしており、3年前と比較すると300ドル近く上がっていることが分かります。博士課程の学生からすると、給料が新卒くらいの額からそこまで変わらないので、この家賃上昇はそれなりにきついものではありますが、博士課程の学生でも一応多少の給料増があるので何とかなるのも現実です。ちなみに、以前も書きましたが、僕ら夫婦の収入のうち、家賃に割いている割合は入学してから一貫して大体6割で、これは一般的に見ると明らかに不適切な額です笑。これも学生である今だけだろうと信じて、就職出来る日が待ち遠しい今日この頃です。

ということで、1人で渡米して大学院留学する場合は何とかしてルームシェア出来る人を見つけられるといいですね(もちろん、夫婦でも双方が大丈夫ならば可能)!ちなみに、僕は入学する前に大学が運営しているキャンパス近くのアパートメントを予約しており、そこに約1年住んでから現在のアパートメントに引っ越しました。妻は約1年遅れで渡米してくる予定だったため、大学のアパートメントには僕だけで応募しました。まず大学のアパートメントに入った理由は、

1. いきなり異国のアパートメントを現地にも行かずに探せる自信がない

2. 大学が運営しているならばある程度信頼できる

3. 渡米して初期の頃は車を持てないので出来るだけ大学の近くに住みたい

などがありました。僕の大学が運営するアパートメントは基本的に家族で住めないタイプであり、僕が応募したアパートメントだけは例外的に家族で住めるタイプだったのですが、家族で住むと家賃が跳ね上がるという仕様でした(博士課程の月収を優に超える家賃)。なので、妻が一年遅れて渡米してくるまでの一年間は僕だけ大学のアパートメントに住むこととしました(1人で応募すれば博士課程の月収でも払える)。一人暮らしとして応募し、ルームメイトが自動的に振り分けられました。ちなみに家賃的には月に大体$1400くらい払っていたのですが、夏休み期間の3ヶ月半くらいは家賃を払わずに住めたのでそれを加味すると実質月に$1000でした。2階建ての一軒家に2人で住んでいたので、1人で住む分には割とお得でした。

最初のアパートではルームメイトがいたので、異国でルームメイトとの交流を楽しみながら留学を謳歌するような想像を勝手にしていたのですが、ルームメイトがシャイだったこともありそれは叶いませんでした笑。こちらから話しかけてもあまり会話が弾まず(僕のトーク技術もない)、住み始めてすぐにHiしか言葉を交わさなくなりました。洗濯機と乾燥機がそれぞれの寝室の隣にあったのですが、夜中にガンガンに洗濯機を回されたりもしました笑。やはり、全く知らないルームメイトと住むというのは難しいと学びました。異なる文化で育っていたり、人への関心の度合いも違ったりしますし、何より異なる人間なので夜中の洗濯機など許容できる範囲が違います。そういった多様性への理解をする必要があるので、少しでも理解し合える人とルームシェア出来ると良いですね。まあ、夜中のガンガン洗濯は流石に僕は理解出来ませんでしたが笑。

アメリカの博士課程では、家賃の支払いがかなりのウエイトを占めますが、大都市でなければ、夫婦だけでアパートメント一部屋で住むことも何とか可能です。家族で住めるアパートメントなどを大学が提供している場合などもあるので、アメリカ大学院に合格したらすぐにチェックしてみましょう。いきなり異国で住居を探すのがハードルが高ければ、配偶者だけ渡米を遅らせて最初の一年は大学のアパートメントに住むという選択肢もあります。もし夫婦どちらも大丈夫ならば、ある程度理解し合える人とルームシェアして家賃を減らすのも手です!

アメリカ大学院入学が決まった後から渡米までの半年間、どう過ごす?

皆さんこんにちは、Lonです。アメリカ大学院に博士課程の学生として留学しています。アメリカの博士課程に受け入れていただいた入試の過程についてはこちらの記事をはじめとしてこれまで細かく書いてきました(特筆すべき功績がなくても、アメリカPhD留学は出来る! - 凡人PhD留学記)。入試の過程に一通り触れたので、今回は、受け入れていただくことが決まった後の話をしようと思います。

僕がアメリカの大学院に博士課程の学生として応募をし終わったのは12月の初めごろで、唯一の受け入れオファーを貰ったのが年が明けた1月の中旬でした。オファーを貰うまでの1ヶ月半は、受かるかどうかの心配はもちろんありましたが、7校に応募し切ったという達成感が大きすぎて、年末年始というのもありむしろ気が抜けていました。保険として日本の大学院に応募することはしていなかったため、背水の陣ではありましたが、なぜか根拠のない自信があり笑、もし受からなくてもバイトをしながらもう1年同じ研究室で経験を積み、筆頭論文を出してより有利な状態で再挑戦してやろうと考えていました。蓋を開けてみると、世界大学ランキングなどでは最も低い(知名度が低くなる可能性があるが決して大学の質が低い訳ではない)ランキングの大学院からのみのオファーだったので、結構な綱渡り状態で、1年留学延期とは紙一重だったのだなと感じます。

オファーをいただいた後は、ただただ安堵しましたが、諸々の入学手続きなどを進めつつ修士論文を仕上げ、無事卒業しました。卒業前か後かは覚えていませんが、行くことが決まった大学院の希望していた研究室の教授にメールでアポを取って、Skypeで面接(というよりはカジュアルなトークという感じ)をして研究のことなどを話しました。正直、日本で研究していた内容と希望していたアメリカの研究室の研究内容は大きく違っていたので、そこまで芯を食った質問はできなかったのですが、現在どのプロジェクトに最も力を入れているかや、このプロジェクトをこういった形で広げられるか、などを質問し、可もなく不可もない感じで面接を終えました。ちなみに、その時面接した教授と今研究をしている研究室の教授は別の人です。様々な事情があったようですが、これについては別の記事で書こうと思います。

アメリカの大学院は基本的に秋入学なので、日本で春に卒業すると、半年間は空白の期間となります。空白の期間を出来るだけなくすため、卒業する直前に、日本の研究室の教授から研究員という形で研究室に残ることを提案されました。確か書類を1枚書いただけだったと思いますが、その手続きをして半年間研究員として同じ研究室で研究を続けました。あわよくば筆頭論文を出せたらと意気込んでいましたが、ここでCOVID-19の蔓延という思わぬ大きな壁が立ちはだかり、家にこもることを余儀なくされました(多分コロナがなくても論文は出せていなかった笑)。バイト先も営業を縮小せざるを得なかったため、やむなくウーバーイーツのデリバリーを始めました。これはこれでいい経験にはなりました。研究室に行けない期間が1ヶ月ほど続きましたが、留学の準備も忙しく、この時点で論文を出すのは不可能と判断したので、研究室が再開した後も留学先での研究に備えて論文を読んで新しい分野の洞察を養うことにシフトチェンジしました。このシフトチェンジは自分的には長期的に見て結構プラスに働いたと思っています。

ちなみに、アメリカの博士課程に合格すると、大学の下見に招待されることがあります(どこまで一般的なのか分かりませんが)。Open Houseというらしいのですが、コロナ禍に突入したことにより、これも行けるチャンスがゼロになりました。キャンパスを見て回ったり、現役の大学院生たちと交流したりする貴重な機会が無くなったと思うと残念ですが、こればかりは自分では制御できないことで仕方ないです。

アメリカの博士課程では、序盤の1年で講義を受けて単位を取らなければならないのですが、純日本人ならば不安がゼロな人はいないと思います。僕は少しでも英語を聞ける耳を取得するために、様々なオンライン英会話の体験(大体のオンライン英会話は無料で1ヶ月お試しを提供している)をしました。お金がなかったので、無料体験の1日30分だけみたいなコースしか受けられませんでしたが、もちろん何もしないよりは大分助けになったのは間違いないです。

また、留学が決まった後に応募できる奨学金が1つあったので、それに応募しました。Skypeでアメリカの大学院の教授と面接をしたのもこの奨学金の研究概要の内容を整えるためでもありました。倍率が異常に高い奨学金であったため結果は残念でしたが、このために様々な論文を読んで洞察が広がったこともあるため、チャレンジしたことに後悔はありません。海外留学のための奨学金に関してはこちらもどうぞ(どのくらいの戦闘力でアメリカPhD留学する?〜CV〜 - 凡人PhD留学記)。

アメリカで博士課程の学生として滞在するという事は、アメリカに長期間滞在するに値すると証明できるビザの発行が必要ということです。学生の場合はF-1というビザの取得を目指します。F-1ビザを取るには、まず大学院が発行するI-20という書類が必要です。これは、大学側が受け入れる外国人の学生の所属を保証する書類であり、オファーを受け入れるとすぐにPDFとしてメールで送られてきます。この書類をメインの証明としてビザの申請をし、大使館や領事館へ向かいます。面接の後、一から数週間でビザが添付されたパスポートが郵送されてきます。これで準備は完了です。

そんなこんなで研究をマイペースに進めたり、論文を読んだり、研究室でやったことをまとめて整理したり、引っ越しのために家を片付けたり(片付けが苦手なのでめちゃくちゃ大変だった)したのち、秋学期が始まる2週間前くらいに渡米しました。コロナ禍だったので、渡米する人はほとんどおらず、予約した航空券の席の隣に誰も居なかったため、エコノミークラスにも関わらず横になって寝放題で最高でした笑。

 

大分色々なことを書いて散漫な記事になりましたが、まとめると、アメリカ大学院留学の前の半年間に僕がした事は、

1. 研究員として引き続き研究

2. オファーを貰った大学院の、希望する研究室の教授とSkype面接

3. アルバイト

4. 新しい研究内容についての論文を読む

5. オンライン英会話

6. 奨学金の応募

7. ビザの申請

といったところでしょうか。7が最も大事なのは当たり前ですが、個人的に特に大事なのは4ではないかと思います。学んだことは時が経って多くを忘れたとしても、ぼんやりと覚えているもので、決して無駄にはなりません。また、年を取れば取るほど、論文を深く読むような時間はますますなくなりますので、この貴重な半年間を有意義にしたいものですね。

なぜわざわざアメリカPhD留学を目指した?

皆さんこんにちは、Lonです。アメリカPhD留学について、主に受験のことにフォーカスしながらブログを書いています。これまで、受験に向けて準備するにあたって何が必要なのかという、対策に関することを書いてきましたが、今回は、その根本にある留学を目指した理由について書いてみます。

 

そもそも、アメリカの博士課程に留学する人のイメージとして、志がめちゃくちゃ高くてガツガツチャンスを掴みに行くようなイメージを抱く人もいるかもしれません。僕に関しては、正直そこまでのガツガツさはなく、どちらかというとゆったりと自分のペースで物事を進めたい人間だと思っています。アメリカPhD受験を決意したときも、絶対成り上がってやるみたいな感じではなく、何となくぼんやりと決めました。

海外留学なんていう一大事を、ぼんやりと決めれるはずがない!という声は必ずあると思います。そこに関しては、僕が外国に行くのに抵抗があまり無かったことが大きな原因です。僕は高校の時から何となく、海外に行ってみたいという願望がありました。恐らく受験科目だった地理の授業や、海外旅行に行って買ってきたお土産を世界史の授業の資料として見せてくれた世界史の先生の影響だと思います。初めて自らの意思と貯めたお金で海外に(一人で)行ったのは大学2年の夏で、スイスに1週間ほど行きました。そこで、日本とは全く違う景色や空気を海外で感じることに何となく魅力され、そんなに滑らかでない自分の英語でも何とかなると感じられたため、海外への抵抗が無くなっていったのだと思います。

また、これもぼんやりとですが、博士課程にも行くつもりでした。周りはほとんどが修士課程を修了した後に就職する流れで、僕もその流れに無意識に乗って修士1年の夏にインターンに応募したのですが、周りがやっている企業研究やらESの体裁を整えるやら何やらに対するやる気が驚くほど起きず、当然のようにインターンにも落選しました。恐らく就職というものへの心の準備が出来ておらず、"今の自分が就職しても何の役にも立たないから、もう少し思考や技を鍛えたい"という勝手で過度な低い自己評価を下していた気がします。今考えると、多分、日本では会社で育成するという側面もあるような気がするので実際には役に立たないなんてことは全くなかったのでしょう。

では、博士課程を修了したいとなったときに、最も懸念していたのは金銭面の問題です。何となく研究したいことは決まっていたのですが、研究する以前に生きるためのお金があることが当然前提としてあります。日本の博士課程は、授業料を納めながら、基本的に給料を貰えないことは割と研究している学生界隈では有名です。給料を貰いながら博士課程に通うには以下の方法が考えられます。

 

1. 日本学術振興会の奨学金を貰う

2. 日本学術振興会以外の奨学金を貰う

3. 資金が潤沢な研究室に行って給料を貰う

4. 親に支援してもらう

 

とりあえず、親に頼る事ができないほどの資金が約3年分かかるという理由で現実的でない4は却下しました。1-3はそれなりに現実的ではあるのですが、そもそも日本学術振興会のDC(博士課程を支援する奨学金)の約20%という受給率を筆頭に、奨学金はもらえる確率が低いです(奨学金の厳しさについてはこちらも是非:どのくらいの戦闘力でアメリカPhD留学する?〜CV〜 - 凡人PhD留学記)。ちなみに、ここでいう奨学金とは、返済義務のないもののことです。この確率を上げるためには、国が力を入れたいようなホットなトピックの研究内容で応募したり、卓越したライティング力があるなどが必要となりますが、何にせよ実績のない僕には奨学金を貰える自信はありませんでした。3は良さそうに聞こえますが、毎月の給料は貰えても授業料を出してもらえる保証はありません。こういった理由から、1-3は可能性がゼロではないと思いつつも、それならいっそ海外の大学院に挑戦し、授業料免除と毎月の給料を掴んでみようか、という考えに至りました。もちろん、これも奨学金に受かるのと同様に難しいのは確かです。しかし、これらを天秤にかけた時、僕の頭に浮かんだのは、海外大学院で学ぶことでその後の就職の幅が格段に広がるであろうことや、一生の中でそれほどチャンスがないであろう海外に住む経験ができることなどが浮かびました。田舎の高校時代は井の中の蛙状態で、全国の高校生と比べて自分が低く思えても、実際に入試を受けてみるとちゃんと大学に合格出来たという経験があった(第一志望には落ちたとしても)ので、例えそれが海外であっても、大学院のレベルが自分に相応ならば、受かることは決して不可能ではなく、奨学金に受かるのと同等くらいの確率なのではないか?と考えました。それなら、より将来が広がりそうな方に挑戦するのは理にかなっていますよね。これにプラスして、前述したように海外への抵抗のなさもあり決断出来ました。

とは言ったものの、ネットで調べて出てくるブログなどに書いてある海外大学院の体験記などを見ると、ほぼみんな自分よりハイレベルであったことは確かで、現在通っている大学院からオファーを貰うまでは不安しかありませんでした(こちらも参照:特筆すべき功績がなくても、アメリカPhD留学は出来る! - 凡人PhD留学記)。正直、どんな道を選んでも不安がゼロであることはありません。とにかく目標を決めたら、自分がやれることをやるのみです。

 

まとめると、海外旅行行ってみよう、って話です笑。海外への抵抗がなかったのはこの決断を下す上で大きかったですし、英語で伝えることが何となく出来ると分かったのも大きかったです。何より、楽しい。もちろん、日本でも素晴らしい研究が出来るので、海外を見た上で日本を選ぶのであればそれも素晴らしい選択です。昨今、円安の影響が少なくありませんが、是非挑戦してみてはいかがですか?

どのくらいの戦闘力でアメリカPhD留学する?〜GRE Chemistry〜

皆さんこんにちは、Lonです。アメリカPhD留学の受験やアメリカでの実際の暮らしについて綴っています。これまで、僕のPhD受験に必要な書類やテストについて一通りメインなものについては書いてきました。その中でも、GREについて以前はGRE generalについてしか触れていなかったので、今回はGRE subjectについて自身の体験を踏まえつつ書いていこうと思います。GRE generalについてはこちらの記事をご覧ください(どのくらいの戦闘力でアメリカPhD留学する?〜GRE〜 - 凡人PhD留学記)。

:なんと2023年にGRE Chemistryは無くなっており、GRE subjectは現在Mathematics、Physics、Psychologyの3つだけになっていました。ですので、あくまでこんな試験があったんだというくらいのテンションで読んでください笑。

 

アメリカの大学院受験において、GRE generalは英語と数学の基礎学力を測る一つの指標として用いられていると思われますが(最近は必要としない大学院もある)、GRE subjectでは、英語と数学以外のより専門的な知識を測る目的なのだと思われます。僕は7校ほどアメリカの大学院に応募したのですが、そのうち1校がGRE subject のスコア提出を推奨(recommended)していたため、少しでもアピール出来るものがあった方がいいだろうという一心で受験を決めました。実際、受験要項にGRE subjectについて触れていない大学院でも、スコアを書ける場合があったので、少しでもアピールになったかもしれません(まあほぼ落ちてますが笑)。日本の学士、修士での専門が化学(Chemistry)で、PhDでは似たような分野ですがもう少し生化学(Biochemistry)よりの分野を希望していたので、GRE Chemistryを受験することとしました。

GRE Chemistryでは、化学についてのかなり幅広い知識を問われました。僕はネットに転がっていたPractice Bookなるものを参考に、その中で出題されていた問題に関連した知識を覚えていく形で勉強を進めました。公式のETSが公開しているのでちゃんとした公式な対策です(Prepare for a Test)。内容的には、ほとんどが有機化学と無機化学でした。高校で習うような、同族元素間での化合物の性質の違いや酸化還元から、大学の有機化学で習う基本的な反応の反応機構などが出題されました。その中に、気体の状態方程式を使う問題や、タンパク質などに関する生化学の問題、NMRやIRなどについての知識を問う分析化学の問題、化学反応の速度論の問題などがちょくちょく混じります。中には、波動関数なども含まれており(物理の範囲じゃないの?と不満たらたらでした笑)、そこは僕はほぼ分からないので対策はしませんでした。僕が受けた試験では、心なしか波動関数系の問題がPractice Testよりも多く出題されたような気がして焦ったのを覚えています笑。僕はケミカルバイオロジーという、有機化学のみならず分析化学や生化学を幅広く理解する必要のある分野を扱う研究室だったので、Practice Test以外にそこまで対策はしませんでした。

ちなみに、僕が受けた時のスコアは760で、Percentileは68%でした。今考えると、良くもなく、悪くもない無難な点数だなという感じです。

 

ちなみに、このGRE subjectですが、最近は家からでも受けられる形式になったようですが、以前は試験会場に行って受ける必要がありました。GRE generalは、大阪など主要な都市で受けることができたのでまだ良かったのですが、僕の場合GRE subjectは何と沖縄しか会場が空いていませんでした笑。なので、研究室の休みをもらって1泊2日で沖縄へ飛びました。しかも、テスト会場がとんでもなくへんぴな場所にある学校で、早朝に起きて40分くらい歩いて向かいました笑。テストが正午に終わって、その日のうちに飛行機で帰る予定だったのですが、バスの本数がかなり少なく(事前に調べとくべきでした)、歩くととても飛行機に間に合わなかったので、ヒッチハイクをしました笑。めちゃ優しい軽トラのおじさんが助けてくれたのが忘れられません。

今考えると、わざわざ沖縄へ行って1泊2日で帰るのは本当にもったいないことをしたなと感じます。というのも、僕がテストを受けた1週間後に、首里城が焼けたのです。僕はその頃、受験が近づいていたため緊張感もあり、少しでも研究を進めて受験に有利になるようにしなければという一心で首里城さえも見ずに帰ってしまいました。受験だけに固執し過ぎて、人生の中でもっと大事なものを少し見失っていた時期だったのかもと今は思うのですが、一方で、これもまた人生の一部だとも割り切れるし、研究や英語などにかなり時間を費やしたこの時期は今の自分には必須だったと確信しています。人生、どんな選択をしたとしてもその選択は必要だったと思う日が来るのではないかと思うので、自分の選択にはいつだって自信を持ちたいものですね。

話が逸れましたが、GRE subjectのスコアを要求する大学院は少なくなってきており、アメリカ大学院受験をする上でのウェイトは高いとは思いません。なので、実績に乏しい場合や、ハイスコアを取れる自信がある場合にのみチャレンジしても良いのではないかと思います!

アメリカPhD留学で忘れた頃に来るきつい支払い&最高の臨時収入4選

皆さんこんにちは、Lonです。現在アメリカの大学院でPhDを取るべく奮闘しています。これまで、アメリカの大学院のPhD課程に入るための試験や書類の準備の仕方やコツなどを自らの経験をもとに書いてきました。また、夫婦でアメリカ生活を送る上での(ひもじい)金銭事情についても書き始めたところです。

さて、前回は毎月の支払いがどんな感じなのかに焦点を当てましたが、今回は、1年に1回や、半年に1回など、忘れた頃に来る支払いについて書いてみようと思います。僕個人的には、毎月の支払いよりも隔年などの支払いの方がテンションが下がります笑。博士課程の学生は基本的にあまり裕福ではないので、こういった支払いを考慮しながら生活しないと破産します。逆に、臨時収入はめちゃテンションが上がるので、そちらも書いていきたいと思います。まずは支出についてです。

 

1つ目は、自動車保険です。アメリカに留学するとなると、よほど大都会でもない限り、車が生活に必須となります。留学生はキャンパス内のアパートメントなどに住むことが出来れば職場(大学)が近いかもしれませんが、僕が通っている大学院に限って言うと、1.スーパーへ行くシャトルバスが週末の1時間に1本しかない、2.病院や歯医者などには車でしか行けない、3.大学内のアパートメントは家族で住む前提ではない、などの理由でキャンパス外のアパートに住むしかなく、車がないと大学に通えないし何をするにも不便です。車を買う際には、個人売買ディーラー経由での売買の2種類がありますが、正直アメリカに来て最初の車の購入はディーラーで行った方が安心かと思います。ディーラーで買いたい車がある旨を伝えると、購入手続きの前にまず自動車保険に入るように言われます。自動車保険に入るには、免許を取っている必要がありますので、アメリカに留学したら出来るだけ早く自動車免許を取りましょう!アメリカでの免許取得は、日本ほど難しくはありません。住んでいる州のDMVという機関のウェブサイトに取得の手順が書いています。自動車保険は、いくつかの民間の企業が提供しており、有名どころで言うとProgressiveGeicoなどがあります。僕の場合は、車を買って1番最初の保険はProgressiveが安かったのでProgressiveで契約し、半年後にGeicoに変更してそれ以降はGeicoにお世話になっています。いくつかの保険会社をリストアップし、それぞれの会社の見積もり(Quote)を取ってみて1番安い保険を選ぶことをお勧めします。見積もりはオンラインででき、車体や個人情報などを入力して10〜15分くらいで完了します。Geicoが基本的に安いことで有名みたいですが、僕の場合は1番最初の運転歴ゼロの状態ではProgressiveの方が優しかったみたいです。自動車保険は半年おきに更新しなければならず、僕の場合は最初の半年は確か1300ドルくらいだったと思います(記憶曖昧ですが)。半年運転してからは、大体700〜800ドルくらいを半年に1回支払っています。

2つ目は、車の維持費です。僕らが住んでいるニューヨーク州では、車検を年に1回、車両の登録を2年に1回しなければなりません(州によって決まりが違うかもしれません)。期限が近くなると、DMVから催促のメールが来ます。これらはどちらもめちゃくちゃ安いですのでご安心ください。登録はまだ1回しかしたことがないのですが、42.5ドルでした。車検は、日本だとめちゃ高いイメージがありますが、アメリカだとめちゃ安くて、僕たちが直近でした時は10ドルでした笑。日本ほどちゃんとした検査ではない様な気もするので、それが安い理由なのかもしれません。

3つ目は、VPNです。VPNは、Virtual Private Networkの略称で、インターネットとの接続を暗号化してくれるシステムのことです。アメリカでは様々な公共施設でWi-Fiが使えて便利なのですが、多くの人が共有している公共のWi-Fiを使うと、他の人に自分の端末を特定される可能性があります。VPNを使うことで、その可能性をかなり低くすることが出来ます。最近は旅系YouTuberや在米日本人YouTuberの宣伝でよく紹介されている印象です。セキュリティの観点で使われるVPNですが、海外留学している日本人としては、アメリカに居ながら日本のコンテンツを見られる点が利点です。僕は、アメリカのコンテンツしか観ないことで英語力の底上げをするようなストイックさを持ち合わせていないので笑、TVerやNHK+で日本のテレビばっかり見ています笑。恐らくアメリカ大学院受験で英語ばかりやっていた反動が来たのでしょう笑。英語の勉強のために海外のコンテンツを観るのはいいことですが、ずっとそうしているのもストレスですよね。ただでさえPhD留学がストレスなので、程よく母国語のコンテンツも楽しんでストレスを調節すれば、自ずとPhD留学も上手くいく可能性が高まると思います。ちなみに、僕たち夫婦はNordVPNを利用しており、2年プランで100ドルくらいです。NordVPN以外にも同様のサービスを提供するサイトはたくさんあり、初回割引も結構しています。ちなみに、無料のものもいくつかありますが、通信速度などに難ありでおすすめはしません。

さて、ここまで支出について書いたきましたが、最後に臨時収入について書いて終わります。それは確定申告(Tax return)です。まあ、収入と言っていいか微妙ですが、口座残高が増えるので一応収入としておきます笑。アメリカでは、例え雇われの身だとしても確定申告を自分で行わなければなりません。僕の大学院では、給料などを管理しているウェブサイトがあるのですが、新年が始まるとそこからW-2という年間の収入などが記された書類がダウンロードできます。これを基に、大学院が推薦しているウェブサイトを使って確定申告を行います。質問の数が多いですが、申告自体はそれほど難しくないです。全ての項目をクリアすると、何ドルが返金されるのかが表示され、確定申告の書類をIRSという機関に送付するとしばらくしたら銀行口座に返金されます。返金されるのは早くて数週間、遅くて半年以上かかります。僕も半年以上待ったことがあるのですが、その間はいつ返ってくるのかと来る日も来る日も口座残高を見続けました笑(数億円あっても3年間口座を見なかった大谷選手とは実に対照的な行動)。僕の場合は大体100〜300ドルくらい返ってきている印象です。そんなに大した額ではないですが、大学院生にとってはめちゃ大きいです笑。

 

以上になります。支出と相談しながら、上手くPhD課程と付き合っていきたいものです。

PhD課程の夫と帯同の妻でアメリカ2人暮らし、金銭的にきつい?

皆様こんにちは、Lonです。アメリカの大学院にPhD留学をしており、現在3年半になります。特筆すべき経歴はなかったものの、アメリカPhD留学を実現させることが出来ました(詳細は特筆すべき功績がなくても、アメリカPhD留学は出来る! - 凡人PhD留学記)。アメリカに留学する前に結婚しており、僕がアメリカに来て1年ほどしてから妻がこちらに来たので、夫婦で3年ほどアメリカに滞在していることになります。日本人でPhD留学をしている人はあまり多くはないと思いますが、その中でも妻が帯同しているパターンはより少ないのではないかと思います。今回は、夫婦でアメリカ生活するのがどんな感じなのか、金銭面に焦点を当ててお伝えしようと思います。また、もしそういった予定がある方々がいらっしゃったらその参考になればとも思います!

 

まず、アメリカに限らず海外の多くの国でPhD課程に行く際の大きな利点として、毎月給料をもらいながら研究に従事できることがあります。これは、日本の博士課程では狭き門の奨学金を獲得しないといけないので、金銭面では非常に大きいです。そして僕らはこれを収入源として生活しています。金額としては、大体日本の新卒くらいではないかと思います。金額については、住む地域によって差があるかもしれませんが、僕が通っている大学院はそんなに街中にあるわけではないので、新卒くらいの金額で十分何とかなります。そして、毎年少しずつ給料が上がります(他の人がどうなのか分かりませんが、恐らくみんなそうだと思います)。アメリカはアパートに住んでいると毎年家賃が上がることが多いので、給料が少しでも上がるのは助かりますが、給料の伸び幅はアパートの家賃の上がり幅と同等かそれより少ないくらいなので、まあそんなに裕福な暮らしは出来ませんが。大学院生はそんなものです。

 

続いて、支出について項目に分けて書いていきます。

1. 家賃 (Rent)

家賃は最も大きな出費です。アメリカは家賃が日本より高く、都市部や治安のいい地域ほど家賃が高くなる傾向にあります。よく、家賃は収入の3割くらいになるのが理想的といいますが、僕の場合は何と6割にものぼります笑。めちゃくちゃ掟破りしてますが、これは我々夫婦1世帯でアパート1部屋を借りているからであり、1人で住んでいる場合はルームシェアをすることで家賃を抑えることができます。むしろ、こちらではルームシェアは割と一般的で、もちろん夫婦でもルームシェアすることは可能です。研究室の友人や、日本人の友人が出来たら考えてみてもいいですね。とにかく、信頼できる人を探すのが大切です。

 

2. 食費 (Groceries)

家賃の次に大きな出費は食費です。アメリカの物価は日本と比べて高いと良く聞きますが、体感では、めちゃくちゃ高いとは思いません。というのも、僕は外食が割と高いイメージがあるだけで、自炊さえすれば結構食費は抑えられます。物自体の値段が高くても、内容量が多かったりするので、実質そこまで高くなかったりします。例えば、肉は基本500gとか1kgの単位で買いますし、ポテチはファミリーサイズしか売ってなかったりします笑。僕らが住んでいるバッファローでは、アジア系のスーパーも充実しているので、美味しい白米や日本の調味料も買い揃えていますが、そんなに家計は圧迫されていません。また、レストランもチップ込みで確かに高くはつきますが、尋常ではない量が来たりするし、食べきれない分は持ち帰り出来るので、残りを翌日の昼ごはんにしたりも出来ます。ちなみに僕らは最初の頃は外食もしていたのですが、家賃の高騰などを受けてここ1年ほどは全く外食していません。

 

3. 水道光熱費、Wi-Fiなど (Utilities)

僕らが住んでいるアパートの家賃は、水道代や暖房代、Wi-Fi代などが含まれています。僕らが払っているのは電気代のみで、日本で僕が一人暮らししていた時とほとんど変わらないくらいの電気代しか払っていませんので、ほぼ出費はありません。

また、このカテゴリーには入らないかもしれませんが、アパートの共有の洗濯機で洗濯をする際に毎回3.2ドル(洗濯に1.6ドル、乾燥に1.6ドル)払います。これもそれほどの出費にはなりません。

 

4. 車のローン (Auto loan)

アメリカで生活する上で、車は必要不可欠です。大学へ研究しに行くのに車で10分ほどかかるので、仮に徒歩だと1時間かかりますし、自転車でも行けないことはないのですが、そもそもアメリカには日本ほど手頃な自転車もあまり売っていないですし、特に冬に雪が降る地域では自転車は詰みます笑。という訳で、多くの人は車を買わざるを得ませんが、日本で仕事を経験せずに留学した場合、車を買うようなお金がないので、基本的にローンを組むことになります。僕らは、給料の10%以下くらいを毎月ローンで払っており、卒業予定の一年後までローンが続きます(何故その期間までのローンが受理されたのか分かりませんが笑)。ちなみに、僕らは電気自動車を購入しました。アメリカでは、至る所に電気自動車のチャージステーションがあり、無料で充電できるステーションもあるので、出来る限り無料のステーションで充電するようにしています。よって、車の燃料費はほぼゼロです。ガソリン車だと月に50ドルくらいはかかるので、大学院生にとってはありがたいですね。

 

以上が主な出費になります。洗剤など日用品も買いますが、一回買えば長く使えますし、毎週買うものでもないので今回は省略します。とりあえず言いたいのは、貯金などはほぼ出来ませんが、大学院生でアメリカに渡米してかつ仮に妻が帯同しても、何とかなります!が、住む場所にもよる気はします。その点、ニューヨーク州バッファローは治安も良く家賃もそこまで高くないのでおすすめです!ぜひ、アメリカPhD留学を考えてる方は検討してみてはいかがでしょうか。